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入学者選抜

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校長室から
12
2016/02/23

「座右の銘」をもつ~明治維新の英傑・西郷南州(隆盛)先生に学ぶ~

| by 総務
  「座右の銘」をもつ
  ~明治維新の英傑・西郷南州(隆盛)先生に学ぶ~
                                      校長 鍵谷 好徳

 志を高くする者が古聖先哲の教えを受け、英雄偉人の心境を学び、先生(師)に導かれ書に親しんで得た「自己鍛錬精進の本」を自ら書き連ね、自ら掲げ、自らの心の行いとを、日夜これに照らして、反省の鏡としたものを「座右の銘」と言います。後の世の人に慕われる古人の伝をひもといて見ると全てに、何かの形で座右の銘を持っています。若者は座右の銘を作って自らを鍛錬しなければなりません。

 さて今回は維新の英傑である西郷南洲先生の遺訓を紹介します。

 
  何程制度方法を論ずるとも、その人にあらざれば行われがたし。

  人有って後、方法のおこなわれるものなれば、人は第一の宝にして、己其の人に成るの

  心懸け肝要也。

 

 南洲先生曰く、組織がうまく動いているところには、必ずリーダーの中に本物がいます。立派な学校になくてはならぬ優れた教師がいます。業績の良い会社には、優れた経営者と社員がいます。全ての集団の良く活動しているところに必ず「この人あってこそ」と思う人物がいます。世の中の全ての事は規則だけでは動きません。唯人の力によって動くのです。ここまでのことは誰でも理解できると思いますが、西郷先生の遺訓の中にある「其のひとに成るの心懸け肝要なり」の一語はまさに、大教訓であり、自分で其の人物にならんとする覚悟が必要と教えています。今日多くの組織における様々な場面で、自らのことは棚に上げて、他人をこき下ろす事があるのは、いつの時代も同じです。殊に上に立つ者をこき下ろす事をもって、如何にも自らだけは人々の気持ちを代表して述べる人物であるよう見せかけんとする悪風は人害です。(西郷先生の生きた幕末~明治の時代にも、現代にも見られる同じような風潮があったようです) ですから他を批判する前に、まずは、自らが其の人(リーダー)に成る心懸け、そして覚悟が肝要であると教えています。


  
己に克つに、事々物々時に臨みて克つようにては克ち得られぬ也

  かねて気象をもって克ち居れよと也

 

 道を学び、身を修めるには己自身に克つ事が第一です。人の心には寂しいことですが、怠けたい、嘘をつく、争いたい、利欲を求むる等の悪しき心があり、その心を学び得た教えにもとづき押さえつけねばなりません。そのことが「己に克つ」と言うことになります。これはなかなか容易なことではありません。

 中国の王陽明も「山中の賊は破るに易く、心中の賊は破るに難し」と言いました。心中の賊とは、悪しき心のことを言っているのです。己に克てとは誰しもが教えますが、西郷先生によると、そのときに臨んで克たんとしても困難だから兼ねて気象をもって克てと教えておられました。すなわち平素から、己に克たんと努めなければならないと教えられていたのです。

 生徒諸君には、平素から、己自身に克つ努力を心がけ、「この人あってこそ」の生き方をしてほしいものです。ゆえに、それぞれが「座右の銘」となるものを定め、日々精進してほしいものです。


13:21
2016/01/16

「和のこころ」を基本に「情(なさけ)」の発揚を

| by 総務
 「和のこころ」を基本に「情(なさけ)」の発揚を  
                                       校長 鍵 谷 好 徳


今日社会は高度化とともに、急速な変化が進み、利便化の一方でモラルやルールなき社会とまで揶揄される時代を迎えています。国際社会では数々のテロ事件、国内でも思いやりと優しさを忘れ、幼児虐待やいじめ、親子での殺傷事件など考えられない自己中心的事件が続発しています。次の時代を担う若者達には、このような悲しむべき状況を改善して、心豊かな安心のできる社会を形成していく事が強く求められています。本来我が国は、「和」の心をもつ穏やかさを基本精神としており、日本語の中に調和、平和、温和、和室、和食、和服等々「和」という言葉を、日本を示す代名詞として使われてきていることは以前にも紹介しました。これからの若者には「和」の心を基本に「情(なさけ)」の発揚が特に必要なのではないでしょうか。自己中心的で享楽主義の者は、この心を持つことはとても難しいと思います。「情(なさけ)」とは言を飾り、姿優しくうなずいて語る上手者を示すのではなく、内面からにじみ出てくる心優しき思いやりの姿、心根の事です。その「情(なさけ)」を育てる時、我々大人自身も「どれだけ人に優しく、良い影響を与えているか、その上で若者を成長させているか」と自らに問い、反省する必要を感じています。若者の成長ぶりについては、その若者の親に真剣に問い尋ねてみることが大切です。親の「我が子が可愛い」気持ちとは別に、心から我が子に「感心」できるのであれば、まずその若者は「敬」すべきです。様々な角度から観察して、よほど優秀な若者だと思っても、その親からの信用が薄い場合は、第一級の人物とは言い切れないと思うのです。真の若者は、必ず親に対して深い「情(なさけ)」即ち孝心を持つものです。孝心なき者は如何に優秀であっても、周囲の人々は、その若者の言に耳をかす者はおりません。常に親を思う心あれば、自然に言動や行いにあらわれ、親ばかりか周囲の人々の共感を受けます。自分より弱い者、貧しい者に対して、これを蔑むような者、自己の利益ばかり図る者、美しい気分を壊して物事を成立せぬように批判ばかりしている者等々、「情(なさけ)」の苗床が荒れているところに「幸せの実」は育ちません。憎まず、侮らない心と優しく美しい心をもつ人には、「情(なさけ)」の苗が伸び上がります。親は勿論、どのような人にもいたわる気持ちを持ち、老い衰えたる人には「金銭的な幸せまでを与えられなくとも、せめて心だけでも楽しく幸せな気持ちにしてあげたい」。このような若者が増えたら、なんと素敵なことでしょうか。これからの我が国で人々が安心して暮らせる社会に向けて、「情(なさけ)」の心を育てている、心根の優しき本校生のような諸君に、夢のある未来を託したい。

 

「苦と楽と花咲く木々をよく見れば、心の植えし実の生えしなり」

「父母もその父母も我が身なり、我を愛せよ我を敬せよ」

(宮西一積著 「大地の歌」 より)


16:22
2015/12/18

「素晴らしい奇跡」を感謝する心で

| by 総務
 

「素晴らしい奇跡」を感謝する心で

 

              校長 鍵 谷 好 徳

 私たちは、日々を生きていく中で、自らを取り巻くことに感謝の心を忘れてはならないと思います。感謝する心があってはじめて、生きる喜び、生かされる喜びも生まれてくるのです。

 実際、私たちは、生きていく上で、空気をはじめ水、そして太陽の光、暖かさなど自然から限りない豊かな恵みを受けています。時折、その自然から、寒波豪雪、猛暑干ばつ、地震災害など恐ろしく、厳しい仕打ちを受けることもありますが、それらの苦しみから立ち直るのもやはり、自然の力やその恵みが大いに助けてくれています。

 また私たちに豊かな恵みをもたらすのは、自然界からだけではありません。人間(界)社会からも、「豊かな恵み」の恩恵もまたとても大きなものです。

 祖父母、親や兄弟、先輩上司、同僚そして先生方など自分を取り巻く人々の歴史や生き方など、尊い恵みのおかげで、日々過ごすことができているのです。

 

 ところが人々はとかくこのことを忘れがちとなります。「自分ひとりの力で生きている」などと勘違いをして、周囲への感謝やありがたさを忘れる人に出会うと、つくづく寂しさを感じてしまいます。このような人は、絶えず不平や不満をつのらせ、自らが自らの生き方を味気なく憂鬱なものにしてしまっていることに気づいていないのではないかと考えます。他を中傷することでは、幸福な社会は訪れません。

 豊かな民主主義の中、生命や自由、人権を大切にしているはずの昨今、個人の身勝手な考えから起こる事件や事故が本当に数多く報道されています。殺傷事件、振り込め詐欺、危険ドラッグや飲酒からおこる重大な事故等、あげればきりがありません。何故このような事が懲りもせず、頻繁に起こるのでしょう。全国の学校の中でも、いじめなど全く理不尽で悲しいことが起こっています。「学校カースト」などと言う馬鹿げたことも存在すると言われています。事件事故を引き起こす人達は、多くが自己中心的であり、物事や人々に感謝することを忘れ、人を妬み、嫌い、自らの心の不道徳に気がついていない人が多いと考えます。

 

 今あらためて「感謝する心」というと、ありきたりとか、時代遅れの考えなどと言われることもありますが、果たして本当に、時代遅れの不要な考えなのでしょうか。私は決してそうではないと思います。皆さんは、今ここで生きていることが、本当に尊くて、価値あることであり、ある意味では「素晴らしい奇跡」なのだと思いませんか。その価値ある「奇跡」として自らを取り巻く自然や人々、そして歴史と文化など周囲からの恩恵をあらためて実感してほしいと願うのです。

 

 激動と先行き不透明な日本の将来は、生徒の皆さんに委ねられています。自らの境遇について慢心や不平不満に終始することがあってはなりません。

 常に内省(反省)に努め、歴史を学び、先哲の心にふれる事を尊び、何事にも、心の正しいあり方を根本に立てて進む生き方が大切ではないかと思います。そうなれば、必ず豊かな生き方を見いだせるのではないでしょうか。

 「この時代に生きているのは、必然であり、素晴らしい奇跡である。」

 豊かさや利便性をもたらせる機械よりも人として生きるという必然と奇跡を「礼」と「感謝」の心をもって、過ごすことが大切です。新しい年も生徒諸君にとって最高で素敵な年となるよう願っています。


14:44
2015/11/06

「日本のまほろばを求めて」

| by 管理者

   「日本のまほろばを求めて」

     ~大和地方(奈良)・平安の都(京都)から、なにわ地方(大阪)まで巡った4泊5日の旅~

    校長 鍵 谷 好 徳

 現在、奈良県の大和地方は、神話のレベルですが神武天皇の都として、日本発祥の地として考えられています。また「日本」という国号が定められる前、「ヤマト」が国全体を表す言葉として使われておりました。(現在の「日本」という国の呼び名は、701年大宝律令が完成して大和朝廷を中心とした国家ができ、このときに「日本」という国の呼び名が法的に確定されました。)

 第12代景行天皇紀には、「大和は日本のまほろば」とあります。(「まほろば」とは優れた、良いところ、良い国を意味する古語)「ヤマト」に「大和」の字をあてたのは、国の理想が「和」であり、このことに大いに優れているという意味の「大」をつけ、「大和」と名付けたと言われています。「和」とは聖徳太子の十七条憲法の「和をもって貴しとなす」と定められていたように、「和」は日本精神の基本であり、穏やかを意味し、調和、平和、穏和などと表現され、さらに、日常私たちは、和室、和食、和服など「和」を日本を示す代名詞として、今は自然に使っています。

 さて、今回の見学旅行では、東大寺などの大和地方、そして中国の都長安を模した京都、豊臣政権の中心地大阪などの歴史や文化、そしてそこに住む人々から何を学び、何を感じるかなども目的の一つです。本居宣長は「大和心はなにか」と問われ、「敷島の大和心を人問えば、朝日ににおう山桜花」と答え、平和で静かであり、雅やかな民族性を詠いあげております。見学旅行団の生徒諸君は、「大和の心」を感じることができましたか。また商人が活躍した大阪地方で何を感じましたか。

 さらに、大和地方と京の都における隠された歴史の悲しみや苦しみを学ぶことができましたか。昔、奈良の都ではお坊さんはエリート階級で華やかな文化の中に豊かな暮らしをしていたと思われがちですが、その実、大多数のお坊さんは、法衣がたった一枚しかなくそれが盗まれ、盗難休暇を出したり、洗濯休暇を願い出たりしておりました。東大寺でも写字生などは給料があまりにも低く、衣をもう一枚ほしいとか食物を要求している古文書の原案が正倉院に残っているようです。貧しく貧富の格差が激しい社会であったようです。私たちは一見平穏で華やかな天平文化を支えた社会の底辺には、風紀も乱れ、現在よりも貧困にうめく多数の民衆の悲しみや苦しみも学び取る必要があります。

 加えて、青丹よしの美しい都である平城京や、伝統を誇る平安の都には悲しい歴史があります。日本語には死者を「葬」(ホオムル)と言う字は「放る」(ホオル)から出る言葉ですが、平安末期では都の路傍に多くの死体が放棄され、ところによっては、江戸時代まで続いた歴史をもちます。明治政府が遺体の地上放棄を禁じたため、さすがになくなりましたが、それらのことが、「飢餓草神」にリアルに描かれています。奈良の春日山の東裏の谷間、京都の清水寺の舞台から見下ろす音無川の谷間なども、今は若者に人気のある散策の道ですが、昔は死者を捨てにいく悲しみの道でした。歴史への「旅」とは本来そのような古人の生き様とあわせて死に様をも、私たちに伝えてくれる手引き書であります。歴史の表裏を知ることは、物事を正しく理解するためには大切です。私自身、幾度も奈良、京の都を訪れておりますが、毎回違う発見や感動とともに、今年も古人の悲しみや苦労を感じ取ることができました。

 高校という人間形成の上で重要な時期に、自らの国の風土や古人の築いた歴史の恩恵を感じると同時に、その「苦労を理解し無駄にしない心」と様々な人々や物事への「感謝の心」を育てることが、旅の魅力であり、旅行とはそのようなところに多くの価値があるのかもしれません。旅行中の生徒諸君の楽しそうな笑顔とともに、時には真剣な表情で見学している諸君のような高校生の姿を古人が見たらきっと喜んだと思います。その意味で今回は本当に楽しく意義のある旅となると共に、生徒諸君の中にしっかりと、「国のまほろば」を強く感じる旅になったと思います。


 


07:20
2015/10/20

「古きを学ぶ旅の大切さとは」

| by 管理者

   「古きを学ぶ旅の大切さとは」

         ~より豊かな世界に導く、新しき目を持つために~

                                                                         校長 鍵谷 好徳

旅の語源は、正確なものは未詳であるが、古くは住居を離れることを、すべて「たび」と言いました。その意味では「たどる日」「発日」あたりが妥当です。「他日」「外日」など別の地で過ごすことから「たび」となったか、他の家で調理したものを頼ることから「他火」が語源ともされます。このように物事を知る上で、語源を考えることから始めることも大切であり、興味深くもあります。

 さて、「人はなぜ旅をするのでしょう」この問いに明確な答えは「人はなぜ恋をするのか」を説明することと同じくらい難しいです。旅の歴史は段階的なものであり、最初は水や食べ物を求め、次は定住に安全な場所を求めるなど生きるためが旅でありました。そのため庶民が好む旅となるには歴史的にかなり時間を要しましたが、除災招福のための庶民の信仰の旅だけは、平安末期から鎌倉時代、そして室町時代から江戸時代と広がってきました。このような旅は多様な歴史をもちます。

 それでは「旅と学び」の関連性について考えてみます。私は本校で一貫して言い続けていることがあります。それは、「親や兄弟、家族そして仲間を大切にすること」そして「その心を自らの中心軸にする」ということです。それは「学び」から会得するもの以外はないものです。

 ゆえに見学旅行とはそのような「学びの機会」の一つであり、学校を離れた「授業」とも言えます。理由や目的を問わず旅することは、日常生活を一時的に離れて自己を見直し、新しき知識を求めると言う意味では普遍です。

 平素とは違う環境で自然や歴史文化、人との出会いは新たな価値観との出会いであり、美しい、楽しい、美味しいなどの感じ方とともに、自らをより豊かな世界に導くものとなります。平素の生活から離れ、多くの古き創造物や生き様にふれ、様々な出来事に遭遇する。そのことをどう生かすか、旅の価値は、旅人の心構えで決まります。生徒諸君の見学旅行が、このことに気付く良き旅となることを願います。

 最後に、とても良いフランス作家の言葉を紹介します。

「本当の旅の発見は、新しい風景を見ることではなく、新しい目をもつことである」

                                                            ~マルセル・プルートス~


09:40
2015/09/01

「武道の精神とは」~真を尽くす~

| by 管理者

 

   「武道の精神とは」~真を尽くす~

                                                      校長 鍵谷 好徳

  慶応義塾の福沢諭吉、同志社の新島 襄、麻布学園の江原素六とともに、明治の四大教育家として、攻玉社の創立者に幕末の志士であり、蘭学者の近藤真琴がいます。彼は若き時より、数学や航海術などに優れ、教育については、早くから「和魂漢洋才」の必要性をとなえておりました。近藤真琴の影響下には、後日、我が国屈指の進学校となる海城学園の創立者となる古賀喜三郎など有為な青年達が数多くおりました。攻玉社や海城学園に見られるように、教育の真髄とは、武道の精神と同じと言っても過言ではありません。
 教育評論家の二見喜章氏は、「いつの世も国の将来や品格は人の在り方できまるものである。」また、「人は主として家庭教育と学校教育によって創られ育まれる。わけても、学校教育の果たす役割は大きく、この機能無くしては社会にとって有能な人材を育てることができない。個々人が本来持っている資質や能力、感受性などは学校教育の場で開発されることが多く、この役割は家庭教育、社会教育をある意味でしのぐものである」と述べています。
 そうであれば学校教育と家庭とが協力関係を結べない状況があってはならない。大切な子どもをりっぱに成長させるために、両者は不足するところを互いに補完し合う関係であることを、あらためて認識します。
 人生で最も重要な時期を生きる高校時代は、人間修養の時期であって、この時期に出会う学校の教師、友人から人間形成に必要な栄養分の大半を吸収します。ゆえに校長以下、教師の情熱、意欲、愛情こそが不可欠です。私は教育の根本と、武道の精神には、共通性があると感じています。その武道の精神とは、「仁、儀、礼、忠、孝、勇、信」を柱とした心の教えです。

  「仁」則ち人への思いやり。  「義」則ち人の行うすじ道。

  「礼」則ち人への敬い。     「忠」則ち人へのまごころ。

  「孝」則ち親を含め人に尽くす。「勇」則ちくじけない強い心。

  「信」則ち人をあざむかず、陰口、中傷を嫌い、真を尽くす。

 要するに「人を裏切らず、礼儀正しく、最後までまごころ込めて、すじ道を通して生きていきなさい」と言うことです。この武道の心を生徒の諸君には身につけてほしいと願うばかりです。
 我々教師も「明師良友」という人の道の親兄弟を表す言葉があるとおり、大切な生徒諸君のために、自らの修養に努めると共に、良き教師となるために一層強く、決意しています。生徒諸君も自らの努力も求められます。さらに精進努力して、真を尽くす生き方ができるようにしてください。

 

 


12:57
2015/07/15

「先人のあとを追うな、先人の求めていたものを求めよ。」

| by 管理者

  

 ~緑高祭から~

先人のあとを追うな、先人の求めていたものを求めよ。

                                                      校長 鍵谷 好徳

人間が衣食住をはじめ学問、芸術、スポーツ、道徳、宗教等々、物心両面に築いてきた生活様式と生活内容が「文化」です。私たちの日々の生活はあらゆる面で文化の恩恵を受けています。私たちには、先人が知恵をしぼり、築きあげてきた文化に敬意と感謝を持つと同時にこれを発展させていく使命があります。

さて、文化は「Culture」。カルチャーには「耕す」という意味が含まれていますが、文化の原点には各人の心の田を耕すという「心田開発」が求められます。この心田開発を進めることで文化は育ってきました。「田畑」を耕すためには農機具が必要ですが、同様に「心の田」を耕すためには「創造」と「向上」という要素(道具)が必要です。物事には、いきなりオリジナルな発想が生まれるとは限りません。文化の内容が習作をもって創作へと進むためには、時には徹底的な模倣が必要なこともあり、模倣から出発して創造へ発展していく過程で「新たな文化」が生まれるものです。学校文化についても生徒諸君が、天まで届けと伸びゆく若木のごとく、創造と向上をめざす生成発展の原理の中で育ってきました。この大切な学校文化の一つであり、諸君の成長の糧となる学校祭(緑高祭)が惰性に流され新鮮さを失ったり、単なる息抜きの場だけになることなく、各人の心田開発が進むような内容のあるものでなければなりませんが、とても素晴らしく、まさに芭蕉の「先人のあとを追うな。先人の求めていたものを求めよ」という言葉の具現化を見る思いでした。感動しました。

本校445名の諸君が一人一人輝きを放ち、変えるべきものを変える勇気をもって事に臨み、百花繚乱ともいうべき人生を築いてほしいと願うばかりです。

 注 百花繚乱・・・様々な困難や障壁を乗り越える優れた人物が多く出て、立
          派な努
力の成果がたくさん出ること


 

 


13:01
2015/06/08

親思う心にまさる親ごころ けふ(きょう)の音ずれなんときくらん

| by 管理者

  「親思う心にまさる親ごころ けふ(きょう)の音ずれなんときくらん」 

 人間力を高める学び  

                                                                            校長 鍵 谷 好 徳 

  最近、親子や兄弟など家族の間でも、様々な人間関係の問題が良く聞かれます。悲しい事件、事故の報道も多く耳にします。人間の資質、能力、いわゆる人間力が衰えているかもしれません。何故かくも寂しい世の中になっているのでしょう。 

  哲学者の森 信三は人間を井戸水にたとえています。井戸水はどこか深いところで地下水に通じていて、水がなくなったと思ってもしばらくすると湧き出で、もと通りになっている。それと同じように際限があるようで際限がないのが人間力と言うことです。 

  では人間力を湧き出させるにはどうしたらよいのか。それはなんと言っても、よく学ぶ事です。偉人の伝記を読むことです。歴史と人物に学ぶほど生きた学問はありません。 

 さらに読書と共に、親の生き方によく学ぶ事がとても大切です。親の生き方は人間社会の歴史を形成してきました。ですから親の生き方に学ぶ事は歴史を学ぶことになります。 

 「親思う心にまさる親ごころ けふ(きょう)の音ずれなんときくらん」 この和歌は、幕末の偉人、吉田松陰が処刑されるときの辞世の句ですが、今まさに命が果てようとしているときに、人としてのあり方や考え方を教えている、その思いに頭が下がります。本来、親こそが子を産み、子を育て、子を教え、自分を忘れて、ただ、子の幸せを祈り、子が人として大成できるようにと考え、行動するものであります。上記の和歌はまさに「子どもが親を思う気持ち以上に、親の子に対する慈愛の気持ちはさらに深い」と言う意味をもっています。
 昔、堀田喜一という人物がおりますが、彼は大変来客を好み、神官、儒者、僧侶、詩人など多くの人々が家に出入りしていたそうです。そうした来客時には、必ず息子にお茶を持ってこさせ、給仕役として側に待機させ、一緒に客の言うこと、話すことを聞かせたと言います。それは息子に優れた客人の感化を受けさせたいという親の心からであったと言われます。喜一は息子が小学校に上がるようになると、近くの神社の神主に四書五経などをはじめ古典や歴史を学ばせました。息子にとっては、小学校、中学校の教師のほかに、古典漢文、歴史を教えてくれた教師がいたということになります。その息子はやがて素晴らしい人格者に成長していきます。                            
 このように、私たちは親から様々な愛情を受け教えを受け、学ぶ機会をいただいております。教育の基本は「愛」とともに仰ぎ見る「敬」が重要であり、親子の関係でも、母の大きな「愛」を感じ、父の厳なる意味を理解し、「敬」う心を持って成長することが若者のありかたではないかと思います。また父母からの教えに加えて、兄弟や祖父母からも大きな教えをいただいております。そのようにして学び成長した若者が築く家庭には、素晴らしい人間・家族関係が実現していくと思うのです。どうか将来、多くの人を幸せにするために「様々な学び」を大切にしてください。そして人間力を高めるのです。
参考 「安岡正篤 人間学」神渡良平)  




09:42
2015/05/25

高体連シーズン到来~「Be gentlemen(紳士であれ)」~

| by 管理者

5月の校長室から            

高体連シーズン到来                     
    ~「Be gentlemen(紳士であれ)」~
                        
校長 鍵 谷 好 徳

 札幌農学校(現在の北海道大学)でのクラーク博士の「Boys、be ambitious(少年よ大志をいだけ)」という言葉はとても有名です。しかし博士は札幌農学校赴任の挨拶で、もう一つ言葉を残しています。これが「Be gentlemen(紳士であれ)」です。クラーク博士は、同志社大学の創立者である新島 襄先生がアメリカのアーモスト大学へ留学中に「化学」の授業を担当された方でもあります。博士は、学生達に学問とスポーツの価値を等しく説かれていますが、部活指導に取り組んできた私も同じ考えですが、スポーツ技術の向上は人間性の向上につながり、「考える頭、行動する体、感じる心」がバランス良く磨かれなくてはなりません。その上で「ベストを尽くす」ことが強く求められると思います。このことは試合に臨んだ者や周囲の人々がよく口にする言葉ですが実行は意外に難しいものです。スポーツの世界では体力や技量等の個人差は、第三者にもはっきり目につくものです。時にはなげやりになったり、相手を見くびったりしかねません。しかしどのような場合においても、ベストを尽くすように試合に向き合うべきであり、このためには積小為大の法則の下、日々の練習の積み重ねが大切です。そして本番において全力を尽くすことで、優劣を越えて相手を讃える心が湧き上がり、見ている人等、周囲の人にも伝わり、大きな感動にもつながります。博士の言葉である「紳士であれ」は「ベストを尽くす人であれ」という意味を含めているそうです。高体連のシーズンとなりました、学問と部活動の両立をめざす本校ですから、「紳士であれ(ベストを尽くせ)」というクラーク博士の言葉を生徒諸君へ伝えます。                         

 もう一つ、兵庫県のスポーツ強豪校で多くの種目で全国大会への常連校であり、学習にも優れた進学校の先生の言葉も紹介します。               

若者よ 体(頭)を鍛えておけ 美しい心が、たくましい体(優れた頭脳)に、からくも支えられる日がいつかはくる その日のために、体(頭)を鍛えておけ 若者よ」


 

 


11:51
2015/05/01

「花は芽にあり」~学校(学び)の大切さとは~

| by 管理者

4月の校長室から

「花は芽にあり」学校(学び)の大切さとは

 


北海道伊達緑丘高等学校長 鍵 谷 好 徳

 

 

若者が礼儀及び規範意識などの社会性や何事にも前向きな積極性を養うとともに、将来に向けての目標意識を高め、自己確立を図るためには、日常からの「学び」が重要です。

1 自らに付加価値を付け、敢えて「苦」と向き合う

 新たな社会づくりを担う若者には、「時間」という資本財をたくさん使い、「学校」という知識の源泉から、歴史上の人物の生き様や出来事をはじめとした多くの事を学び、自らの夢や目標の実現に向けて、一人一人が付加価値を付けることが強く求められています。その過程では様々な困難も経験します。価値観が異なる人々の集合体では「トラブル」がおこります。トラブルは「苦」であり、できれば「苦」を避けて、「楽」でありたいと思うのは必然です。人は周囲から肯定(理解)されるとうれしく、生き甲斐を感じますが、否定されると後ろ向きで無目的な生き方に陥ります。それでも多くの「苦」に堂々と向き合いそれを乗り越えて自らを高め、他の尊さを認める能力を「学校」(学び)にて培うことが大切であります。

2 「無知の知」と「学習は楽習」であることに気づく

 古代ギリシアの哲人ソクラテスと「無知の知」との関連性については生徒の皆さんは理解されていると思いますが「学問に真剣に向き合う」と「自らの知識が如何に浅く、何も知らないこと」に驚くことは誰もが一度は経験していると思います。「学び」に真剣に向き合わないと、将来、自分の家族や周囲の人に何も伝えることができません。そして「果たしてこれで良いのか」と悩むことになります。一方、自分が今まで知らなかったことが理解できたり、知ることは、とても楽しいことだと認識することができると思います。

 大地にしっかりと根付く大きな木に、美しい花が咲き誇り、それを見ることができる良い季節が巡ってきました。美しい花を咲かすということはその芽の芽吹き方が大切です。生徒の皆さんの「花」が幸せな将来とすれば、学習がその「芽」となります。そして本来学びは楽しくその「学習が楽習」となるための場が学校なのです。将来の目標の確立や学習の楽しさを知るためにも、若き時からの学校(学び)の大切さを理解し、自らに学びの集大成である見事な大輪の花が咲くよう努力してください。美しい花も、大切なのは「芽」の芽吹き方です。

 


11:12
12

新着情報

 

パブリックスペース

命の大切さを学ぶ教室(1・2年)07/11 14:40
緑高祭3日目07/07 15:48
緑高祭2日目07/06 16:14
緑高祭1日目07/05 17:21
明日から学校祭07/04 17:37
2019緑高祭プログラム.pdf07/03 12:48
緑丘トピックス第4号07/01 15:24
31年度第04号(7月01日).pdf07/01 15:19
件名なし07/01 13:23
件名なし07/01 13:23
件名なし07/01 13:20
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31年度第01号(4月08日).pdf06/29 13:40
緑高祭チラシ2019.pdf06/28 17:40
緑高祭ポスター2019.pdf06/28 17:40
件名なし06/28 17:36
〒059-0273 北海道伊達市南稀府町180番地4 ...06/28 17:35
天体写真コレクション(6月25日の星空)06/26 10:47
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緑丘オリジナル商品フライヤー.pdf06/22 10:15
学校祭06/22 10:09
オリジナル商品を生徒が考案(2年生)06/22 09:58
<生徒・保護者の皆様へ> 現在、緊急連絡はありません。06/22 09:27
件名なし06/22 08:57
企業説明会(3年)06/21 11:36
薬物乱用防止教室(1・2年)06/20 17:21
ALTと英語の授業(1年生)06/20 14:05
「学校裁量についての実施予定」及び「推薦の要件」を掲載...06/19 17:12
令和2年度入学者選抜.pdf06/19 17:09
令和2年度(2020年度) 公立高等学校入学者選抜につ...06/19 17:08
本校の学習指導の特徴 <共通科目> 全員が履修し、修...06/19 17:02
本校の教育課程06/19 17:02
 06/19 17:02
防災ワークショップ(1年)06/18 20:03
第34回定期演奏会(吹奏楽局)06/17 10:20
分野別進路説明会を開催しました(1,2年)06/07 12:39
保護者向け進路説明会を開催しました。06/05 16:30
緑丘トピックス第3号を発行しました06/04 08:00
31年度第03号(6月04日).pdf06/03 18:35
緑丘トピックス06/03 18:34
藤の木の花が満開になりました05/28 13:06